ノンナプッパの庭





イタリア北部ミラノ市から北に約40km離れた場所に、アルプス山脈を境に広がる湖水地域の代表的な湖の一つ、コモ湖があります。かつてはミラノのファッション産業を支える繊維の町として発展したコモですが、ミラノや、国境を越えたスイスからも近い立地を利点に、湖畔沿いに散らばる町は都会の喧噪を逃れる避暑地として夏は賑わいを見せる場所です。
コモ市から約15分湖畔沿いに車を走らせると、セレブの隠れ宿として有名な5つ星ホテルのヴィラ・デステ(Villa d’Este)がありますが、その敷地の塀と隣接した所に、一人の”エコ戦士”の手によって生まれた市民の場所、ジャルディーノ・デレ・バレー (Giardino delle Valle) というガーデンがあります。
イダ・ロナッティ・フラッティ、通称、”ノンナ・プッパ (プッバおばあさん)”、90歳。地元ではちょっと知られた活動家です。ミラノから北西に約50km離れたヴァレーゼという町のホテル経営者の一人娘として生まれたノンナ。戦争中負傷した兵士の治療をするためにホテルが病院として使用され、その病院にある若い医師が赴任してきた事が、ノンナをコモに導くきっかけとなりました。戦争が終わり、恩師の招きでコモの病院勤務となったその医師と結婚し、二人の子供をもうけたものの、ノンナは36歳で病に倒れた夫を失い未亡人となりました。シングル・マザーとなっ
たノンナの長く険しい道のりの最初の転機でした。
スイスの山頂からコモ湖に流れるガロヴァ川、以前は荒れ果てた川沿いの敷地にノンナが注目したのは1980年代初期。夫に先立たれたノンナは自分でデザインした洋服を仕立てて生計をたてながら、二人の子供を育てていました。ノンナが住む場所から10分程離れたこの場所は、下水がまだ整備されていない頃から放置されていました。山あり水ありと資源があるのにも関わらず、身勝手な人間の行動によってゴミの捨て場になってしまった場所。地元の行政機関にかけあっても相手にされないのであれば自分の手で自然を取り戻そうと、”ゲリア・ガーデニング”の信念で生まれたのがガーデンの始まりです。
それから約30年。静かに着手したノンナのゲリラ活動は数々の難関に直面しながらも、地道に育ちました。きちんと整備された伝統的なイタリアン・ガーデンとはうらはらに、まさに自然まかせに育ったようなこのガーデンは、入り口の扉からガーデン内に配置されている木製のオブジェに代表されているように、口コミで広がったノンナのサポーター達に助けられた手作りの空間です。
川の流れる音と森林の木陰を求める憩いの場所として、観光客で賑わう街中から離れた、市民の隠れ庭となっています。
見かねて始まったゲリラ行動がきっかけで発展したガーデンに、ノンナの存在は欠かせませんが、実はこのガーデン誕生の背景には、他に二人の女性の存在が貢献しているのです。その一人がノンナの娘、ジョバンナ・フラッティ。結婚し、男の子三人を産み、一見幸せそうな生活の歯車がきしみ始めたのは彼女が30代後半の頃。神経細胞の伝達の障害により、体の機能が衰える難病、多発性硬化症と診断されたのです。

徐徐に体の機能を失い、ベッドで寝たきりとなるジョバンナ、そんな娘の様子に打ち拉がれ、失望感から解放されたい一心で始めたのがノンナのゲリラ・ガーデニング活動でした。

その日からジョバンナが57歳で死去するまで、朝は病院に介護に行き、お昼すぎに家にもどると午後からはガーデンに足を運び、自然と向き合う。それが心を癒すセラピーであった、とそうノンナは説明します。

そんなノンナの影の力になった第三の女性、息子の娘で孫のジュリア。カナダに移住した息子のもとを事情により離れることになり、8歳の時ノンナと暮らすことになったジュリア。お父さんに再度引き取られる12歳までノンナと生活を共にします。

ノンナのガーデンの始まりは幼いジュリアの手を引き、ジョバンナの子供達も巻き込みながら、孫達と始めた遊び心が諸点でした。今はカナダでドキュメンタリー作家となったジュリア、そのジュリアが撮影した作品、”ノンナ・プッパの庭”に映し出されたノンナは、家でジャズを聞きながら楽しそうに踊る粋なおばあさん、自然破壊を横目に無関心を装う人々に反発する活動家、病室で娘ジョバンナを労る母親と、孫だから知っているノンナの生の姿を映し出した温かい作品です。

この映画を見て、90歳を迎えたノンナの長い道のりを共にした二人の女性の存在が、困難に立ち向かうノンナのエネルギー源になっていたのだと、改めて思い知りました。


9月下旬の晴れた日曜日、ジャーディーノ・デラ・バレーでノンナの誕生日を記念し、コンサートが開催されました。若いハーピストと二人の声楽家、三人の音楽家が繰り広げた優しい空間がガーデンという舞台で開花しました。そんな舞台を観ながら微笑むノンナの様子は、このひとときだけは幸せに満ちていました。先日季節が変わり静かになったガーデンに出かけると、一人水をまくノンナに遭遇しました。たわいもない会話からそんな秘めたストーリーを初めて語ってくれたノンナ。静かに戦い続けた活動の裏にある知られざる人間のドラマは、ゲリラガーデニングという見解を越えた一人の女性の生き様を物語っているようでした。https://www.facebook.com/pages/Il-Giardino-della-Valle/249780900102

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ライター紹介
ただの知代(ただのちよ) イタリア在10年、大学生の長男筆頭に下の二人は男女双子の三人の母親です。 お料理も大好きですが、クッキングよりも食文化に興味もっているので、そんなことをテーマに書くのが好きです。

イタリア、コモ市。 コモ(Como、コーモとも)は、人口83,016人のイタリア共和国ロンバルディア州コモ県のコムーネの一つで、コモ県の県都である。 コモ湖を通じてスイスに接している。絹の産地として有名。 「”コモ”」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。 最終更新 2012年8月30日 (木) 12:50 URL: http://ja.wikipedia.org/