HOMEという言葉に感じる想い





街中のイルミネーション

街中のイルミネーション

急用で帰郷した東京の10月、以上気象の暖かさで街ゆく若者の短パンに半袖姿にビックリ。ヨーロッパもアジアも温暖化の影響で四季から二季になってしまうこの現象に、不安や戸惑いを感じます。

そんな季節はずれのポカポカ陽気の中、実家そばのイチョウ並木を散策に出かけました。まだ紅葉も始まっておらず落ち葉も少ない事に気付きながら歩いていると、どこからとなく漂う異臭に思わず立ち止まりました。「東京の下水ってこんなに臭かったかな」と、考えていると突然よみがえってきました。
この異臭は銀杏の匂い!幼少期の思い出がゆっくりともどってきて懐かしさと強烈な匂いとが入り混じり、母と銀杏を拾いに行った公園の事を回想しながら母の待つ家に帰ってきたんだと実感しました。

クリスマスマーケット

クリスマスマーケット

HOME。
英語のこの言葉は、家、故郷、我が家、郷里と、辞書を見れば日本語訳としてこのような言葉が並びますが、HOMEが伝える意味にはもっと温かいものを感じ、日本語でもイタリア語でもこの言葉を適切に表現する言葉はありません。

HOMEというと育った家や具体的な場所等物理的な所を表す言葉ですが、家族や故郷を想う時によみがえる抽象的な感情がいっぱい詰まっていて、形がないHOMEを誰もが心に潜めているような気がします。
HOMEとは、子供ごころには帰ってくると父と母がいて守ってくれる場所で安心感を感じるところ。大人になってからは場所ではなく幼少期の記憶を掻立てる思い出に結びついていてます。その中には銀杏を拾いに行き、その時に憶えた匂い、家に帰って一生懸命皮をむき、母に炒ってもらって一つ一つ大事に食べた時の懐かしい思い出等も含まれています。

親となってのHOMEは、帰ってくる子供がいつも鍵なしで入ってこられて心も体も休める場所。人そぞれぞれHOMEにまつわる思いは様々ですが、家を出て独立し、引越しを重ねるごとに家は変わっても、HOMEはいつまでも変わらない、そんなところを表現している気がします。

ショッピング中におもわず足止めします

ショッピング中におもわず足止めします

2016年のヨーロッパは移民問題が政治にも社会にも大きな変動をもたらした年となりました。戦争、貧困、絶望に見切りをつけた人々がギッシリ詰まった船に乗り、どんな危険を冒してでも、安全を求めて逃避行する映像や、最終目的地の英国やドイツに向う前に足止めされた国境近くの悲惨なキャンプ生活の様子が絶え間なく流れた一年でした。

アフリカ大陸から移動してくる難民によって繰り広げられたこのシナリオは、実は今年始まった事ではなくもう何十年と続いていますが、今年はその問題がヨーロッパ全土で大きくクローズアップされ、政治を大きく左右する要因となりました。

年の瀬が近づきます

年の瀬が近づきます

私の住むコモ市でも夏の時期、スイスへのゲートウェイとなるコモ駅前にてスイスの入国を足止めされた移民の人々が臨時キャンプを設置し、いたるところに寝泊まりする人々の異様な光景が展開されました。

ボランティア団体が動き、テントを提供し、食べ物の供給等も始まりましたが、夏は観光客で賑わうコモ湖のエントランスに降り立つとこの光景に遭遇し、ヨーロッパ全土で展開された移民問題を肌で感じさせられました。

地元の新聞では、第二次世界対戦ナチス政権を逃れるイタリア系ユダヤ人の人々がこの町からスイスに逃避した状況と重ねあわせ、記憶に残る歴史の難民が我が身であったことを思い出し、この人々のに手を差し伸べるべきだと訴える論説が印象的でた。

海外で暮らす私のような日本人も、祖国を逃れて行き場を求めてる難民や移民の人々も、屋根がついた場所がどこであろうと HOMEは常に心の中に潜んでいる、自分の原点に帰る場所のような気がします。帰ると家族がいて、安堵を感じ、癒されるHOMEがたくさんある平和な社会をより尊く感じる一年の終わりがもうすぐ幕を閉じます。

ライター紹介
ただの知代(ただのちよ) イタリア在10年、大学生の長男筆頭に下の二人は男女双子の三人の母親です。 お料理も大好きですが、クッキングよりも食文化に興味もっているので、そんなことをテーマに書くのが好きです。

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