一瞬の奇跡





転勤族の私は父・母、両方の臨終の時に立ち会うことができませんでした。それぞれ別々に逝った両親ですが、最期の瞬間にそばに居てやれなかったことを思うと今でも不憫でなりません。

母とのエピソードを紹介します。
2010年晩夏、私は海外赴任前の最後の挨拶をするために母に会いに行きました。母は、既に認知症が進んでおり、私の事がまったく判りませんでした。母の介護をしていた兄と酒をくみ交わしていた終盤、酔っていた私は母の顔にもっとも近付いて自然と話しかけました。その時、奇跡が起きたのです。

母は、私の名前を呼び、「詳二、お腹は空いてないかい」とはっきりと言ったのです。私は、兄が用意してくれた料理でお腹がいっぱいだよ、と答えました。でも、母は、兄に「冷蔵庫にあるXXを出してあげなさい」と言ったのです。実際には、XXは冷蔵庫にはなかったので母の妄想です。母は、私の顔を身近に見たときに食べざかりの私と過ごしていた時代に帰ってしまったんでしょう。ただ、そのあとは、また、何も言わない母親に戻ってしまっていました。奇跡は一瞬のことにすぎなかったのです。

翌朝、私はいよいよ旅立ちです。玄関で靴のひもを結んでいる時に、兄が母を車椅子に乗せて背中の近くまで来てくれている気配に気付きました。私は、両方の目から涙が滝のようにあふれていました。理由はわかりませんでしたが、悪い想像だけはしないように努めました。振り返って、最後の挨拶をしました。母は、ほほ笑んでくれたように見えました。

結局、それが最期になりました。母が亡くなったという連絡を受けてドイツから帰った時には母は既に骨壷の中でした。

自分自身がひとの親になってしばらく経つ近頃、自分の親の事を思うことが昔より増えたように思います。

ドイツのバーデンバーデンという地で撮った写真です。東京までの距離は9,250km。ヨーロッパは随分遠くの地です。

ドイツのバーデンバーデンという地で撮った写真です。東京までの距離は9,250km。ヨーロッパは随分遠くの地です。

 

ライター:笠原 詳二
ドイツ、シュツットガルト在住